自立って何?

皆さんこんにちは。就労移行支援事業所、てんとうむし北本利用者のR.Eです。
 
Youtubeの動画をいろいろと見ていたところ、落合洋一さん(筑波大学図書館情報メディア系准教授)
と東京大学先端技術研究センター准教授の熊谷晋一郎さん(脳性マヒの当事者であり、小児科医です。)
が「自立とは何か」というテーマでお話しをされており、とても興味深かったのでこちらに書こうと思いました。

障がいがあろうとなかろうと、「自立をしてない人間はダメだ。」みたいな風潮を私はつよく感じます。
現在では実家に住んでいる人のことを、「子供部屋おじさん」とか「パラサイトシングル」とか・・これは私が男性
なので特に不快感を感じる言葉で、差別用語だと感じますし、こういう言葉がなければ、別に気にしなくていいことも
その言葉がある事で嫌な思いをする、もしくはそうならないように不本意な行動をとらなければいけない人がいること
も事実だと思います。(しかも、自立というのは結婚している、もしくは一人暮らしをしている、自分が生活する分の
お金は自分で稼いでいる、親に頼らない)とかなのかなと、私にとってよく分からない言葉でした。

熊谷晋一郎さんは、「自立」の二文字はあいまいなまま使われている、一般のイメージだと「頼らない」「自分で立つこと」
「依存しないこと」で先生の場合は少なくともトイレ、風呂、洋服の着替えが自分で出来ない。依存無しには生活が立ち
いかない。自立と依存がもし対義語だったら私にとって自立は不可能だと分かっていた。それでも自立したい、自由になりたい
という気持ちがあって、じゃあ依存と矛盾しない自立は何なのだろうかということが小さい頃からのテーマだったと話されています。

熊谷先生はこう続けます。東日本大震災のときに気づかされたことがあって、もしかしてこれ、健常者の方が依存しているんじゃない?
と思った。障がい者は依存している、だから自立しなきゃいけないっていうふうに刷り込まれてきたけれども、、震災の時に
エレベーターがとまってしまって、逃げ遅れそうな経験があった。当たり前だけど、歩ける人たちは、階段で逃げることが出来た。
つまり、階段に依存することが出来る人たち。逃げるっていう目的を達成するための依存できる社会資源が、私より多かった。
エレベーターも選べたけども、階段もえらべた。よくよく考えるとこの社会っていうのは、健常者にたくさん依存先を提供するほう
に偏っている。健常者用のインフラがたくさんある。そうしたら、平均的に見ると健常者の方が依存先が多くて、障がい者の方が
依存先が少ないということに有事において思い立った。

これを聞いて、確かに健常者向けに建物などは作られていることが多いし、障がいがなくても左利きの人よりも
右利きの人が多いから、日常生活で左利きの人が使いにくい道具は多いと聞いたことがあるなと思いました。
つまり、社会はマジョリティが過ごしやすいようにデザインされているなと私も思いました。

熊谷先生は18歳まで、母親しか自分をケアしてくれる人がいなかったから、母親がいなければ生きていけなかった。そうすると
どうしても、母親の顔色を見続けないといけなくて、そこに権力関係が発生しやすかったと言っています。
でも、30人くらいに介助者を増やしたらそんなことは無くなり、1人との関係がギクシャクしても他に29人いるので、
そんなに顔色を見なくてもよくなる。選択肢が多ければ、相手から支配されにくくなる。と言っていました。

最後に、熊谷先生が定義した「自立」は、「選択肢があること」・「相手に支配されないこと」この2つを達成するには「依存先が多いといい」
ということを言っています。(また、人的な物(人間関係や物質)に限らなければ、環境も食物も太陽の恵みも、文学も本も音楽も、視野を
広げれば何でも依存の対象になる、ということも対話の中で言っています。)

私もこの動画を見て、積極的に依存先を増やしていこうと思いました。